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インターネットが誕生してから数十年、私たちは情報の交換において驚異的な進化を遂げてきました。世界中のあらゆる知識に、指先一つでアクセスできる時代。しかし、その裏でインターネットには、創成期からずっと埋まらないまま放置されていた「空白」がありました。
それが、HTTPステータスコード「402」です。
「404 Not Found(ページが見つかりません)」は、多くの人が一度は見たことのあるコードかと思います。しかし、「402 Payment Required(支払いが必要です)」というコードが、Webの設計図に最初から存在していたことを知る人は多くありません。
デジタル通貨が存在しなかった当時、このコードは将来のために予約されたまま、30年以上も置き去りにされていたのです。
そして2025年5月、米大手暗号資産取引所Coinbase(コインベース)が、ついにこの封印を解きました。
発表された新プロトコル「x402」は、インターネットにネイティブな決済機能を実装し、人間だけでなくAIエージェントが自律的に経済活動を行う未来への扉を開こうとしています。
本記事では、この「x402」の概要や仕組み、今後の展望・課題について解説します。
x402とは何か

「x402」は、コインベースが開発したオープンソースの決済プロトコルです。
特徴は、Web通信の基本ルールであるHTTPの中に、ブロックチェーンを用いた決済機能を直接組み込んだ点にあります。
HTTP 402「Payment Required」の復活
私たちが普段Webサイトを閲覧する際、ブラウザとサーバーの間では「リクエスト(要求)」と「レスポンス(応答)」が交わされています。
「ページを表示して」というリクエストに対し、サーバーは「200 OK(成功)」や「404 Not Found(失敗)」といったステータスコードを返します。
インターネット黎明期の開発者は、Web上で情報だけでなく価値(お金)も交換される未来を予見し、「402 Payment Required」というコードを用意していました。しかし、当時は中央集権的な金融システムしかなく、Web標準として実装することは不可能だったのです。
その結果、Web上の決済はクレジットカード番号の入力や、PayPalなどの外部サービスへのリダイレクトといった、Web本来の仕組みとは異なる継ぎ接ぎの方法で発展せざるを得ませんでした。
x402は、この「402」コードを本来の目的通りに機能させるための規格です。サーバーが「このリソースにアクセスするには支払いが必要だ」と宣言し、クライアント(ブラウザやAI)が即座に暗号資産で支払う。
これにより、決済はWebの外部にある「オプション」ではなく、Webそのものの基本機能へと昇華されます。
なぜ「今」なのか? 3つの技術的成熟
30年間放置されていたアイデアが、なぜ2025年の今になって実用化されたのでしょうか。
そこには3つの技術的な成熟があります。
- L2ブロックチェーンの低コスト化:Baseなどの普及により、ガス代が1セント未満にまで低下しました。これにより、記事1本やAPIコール1回といった少額決済(マイクロペイメント)が経済的に成立するようになりました。
- ステーブルコインの普及:USDCのように米ドルと価値が連動する信頼性の高いステーブルコインが普及し、決済手段としての実用性が確保されました。
- AIエージェントの台頭:これが最大の要因です。銀行口座を持てないAIが、自律的にサービスを利用するための土台として、ウォレットとプログラマブルな決済手段が不可欠になったのです。
これら3つの要素が同時に成熟したことで、かつては技術的・経済的に不可能だったWebネイティブな決済が、現実的なソリューションとして機能する条件が整いました。
x402は、単なる古いコードの掘り起こしではなく、インフラ・通貨・ユーザー(AI)の要素が全て揃ったことで機能する技術なのです。
x402の仕組み
x402が革新的なのは、従来の決済における面倒な手続きをすべて排除した点にあります。
ユーザー登録やログイン、クレジットカード情報の入力、サブスクリプション契約などなど。これらが一切不要になるのです。
リクエスト&レスポンスのシンプルな構造
x402の決済フローは非常にシンプルで、Webの標準的な動作の中に組み込まれています。
- リクエスト:ユーザー(またはAI)が有料コンテンツやAPIにアクセスしようとします。
- 402エラー:サーバーは「402 Payment Required」というエラーを返します。このレスポンスには「価格(例:0.01 USDC)」や「送金先アドレス」などが含まれています。
- 支払いと再リクエスト:クライアント側のウォレットが指定された金額を支払い、その証明(署名)を添えて再度リクエストを送ります。
- アクセス許可:サーバーは支払いを検証し、コンテンツやデータを提供します。
この間、わずか数秒。まるで自動販売機で飲み物を買う感覚で、Web上のあらゆるサービスを利用できるようになります。
従来のStripeやPayPalのような中央集権的な仲介者を介さず、ユーザーとサービス提供者がP2P(ピアツーピア)で繋がる、新たなインターネットネイティブな形です。
開発者にとってのメリット
サービス開発者にとっても、x402はメリットをもたらします。
これまでは決済機能を導入するために、決済代行会社との契約や複雑なSDKの実装、ユーザー情報の厳重な管理が必要でした。
しかし、x402ならわずか数行のコードを追加するだけで、世界中から支払いを受けることができます。
特にAPIを提供する開発者にとっては、APIキーの発行や管理、月額プランの設計といった煩雑な業務から解放され、「1リクエスト=0.001ドル」といった純粋な従量課金モデルを簡単に構築できる点は革命的と言えるでしょう。
AIエージェントが経済の主体になる日
x402が真価を発揮するのは、人間が使う場合よりもむしろ、AIが使う場合です。
コインベースがこのプロトコルを推進する最大の動機も、到来しつつある「エージェント型コマース」のインフラを握ることにあります。
エージェント型コマース
エージェント型コマースとは、AIエージェントが人間の代わりに自律的に経済活動を行う未来の商取引の形です。
例えば、あなたが旅行の計画をAIに依頼したとします。
AIはあなたの好みに合わせて、有料の観光ガイド記事を閲覧し、航空券の最安値データをAPIから購入し、現地のレストランの予約手数料を支払うかもしれません。
これら一つひとつに対して、いちいち人間がクレジットカード番号を入力していては、AIの自律性は失われます。
AIは銀行口座を開設できませんし、クレジットカードの審査も通りません。
しかし、ブロックチェーン上のウォレットなら持つことができます。x402は、AIエージェントがWeb上のサービスを自律的に利用するための、共通言語であり決済レールなのです。
マイクロペイメントの実用化
x402によって、0.1円単位の超少額決済(マイクロペイメント)が実用レベルになります。
これはビジネスモデルのあり方を根底から変える可能性があります。
- メディア:月額サブスクリプションではなく、「この記事だけ10円で読む」というバラ売りが可能に
- APIサービス:最低利用料なしで、AIが実験的に数回だけAPIを叩くことが容易に
- クリエイター:動画の1秒ごと、音楽の1再生ごとにリアルタイムで収益を得ることも技術的に可能です
これまでは決済手数料の壁に阻まれていた価値の最小単位での取引が可能になることで、情報の流通だけでなく、経済活動そのものの粒度が劇的に細分化されます。
これは、Web上のあらゆるリソースが、より公平かつ効率的に収益化される新しいエコシステムの誕生を意味しています。
実証実験「$PING」と市場の熱狂
2025年10月、このx402プロトコルの可能性を証明するための実証実験が行われました。
それが、PINGトークンのローンチです。

PINGは、x402プロトコル経由でのみミントできるという特殊な設計が施されたトークンです。ユーザーやボットは、x402の仕組みを使って少額の手数料を支払い、PINGを獲得します。
この実験が開始されるや否や、ネットワーク上のトランザクション数は前月比で10,000%以上も急増しました。

これは単なるミームコインのブームとは異なります。開発者たちが×402の可能性にいち早く反応し、実際にコードを書いてボットを走らせ、x402のインフラをテストした結果の数字です。PINGの成功は、x402が机上の空論ではなく、実際に稼働し、大量のトラフィックを処理できる堅牢なシステムであることを市場に証明しました。
今後の課題と展望
もちろん、課題がないわけではありません。x402における最大のハードルは、普及と標準化にあります。いくら優れたプロトコルでも、Webサイトやブラウザ側が対応しなければ絵に描いた餅の状態です。
現在、CloudflareやAWSといったインフラ企業、AnthropicなどのAI企業がパートナーとして名を連ねていますが、これがWeb全体の標準規格として定着するにはまだ時間がかかるでしょう。
また、一般ユーザーにとってはウォレットを用意してUSDCを入れる、という最初のハードルが依然として高いのも事実です。
今後は、Web2的な後払いやクレジットカードでのチャージといった体験と融合させながら、徐々に裏側の仕組みをブロックチェーンに置き換えていくアプローチが必要になるかもしれません。
まとめ
x402は、単なる新しい決済アプリではありません。これは、インターネットの誕生時に欠落していた「決済」という最後のピースとも言えるものを、30年の時を経て埋めるための試みです。
これまでインターネットは情報の流通を効率化してきましたが、x402はそこに価値の流通を同じレベルで統合しようとしています。
人間が意識することなく、AIエージェント同士が裏側で高速に価値を交換し合い、最適なサービスを構築していく。そんな自律経済圏のインフラとして、x402は静かに、しかし確実にWebの在り方を変えようとしています。
30年前から眠る「402」のコードが動き出した今、私たちは新しいインターネットの夜明けを目の前にしていると言えるでしょう。
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